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主語は「国家」ではなく だから記者はメインの記者会見場を離れた

 収容人員250人のメインインタビュールームに、記者は私を含めて3人だけ。  チャンスだった。今なら、聞きやすい。手を挙げた。  ベラルーシ出身のアリーナ・サバレンカ(25)はテニスコートの上でも、記者会見でも喜怒哀楽をストレートに出す。感情表現が豊かで、質問にも長く答えるタイプだ。  だが、私が質問すると、彼女の表情から感情が消えた。  尋ねたのは、母国が「加害者」としてかかわるウクライナ侵攻についてだった。  二つの質問に、トーンを押し殺すような声で「建前」を短く答えた後、間が空いた。  ほかに質問は出ないと判断した司会進行役が会見を打ち切った。  3問目で、さらに突っこんだ質問をする勇気が足りなかった。あえて自己弁護をするなら、聞いたとしても、しゃくし定規の答えしか返ってこない気がした。

拡大する写真・図版全豪オープンの記者会見場はセンターコートのそばの建物にある。「メイン」の収容人員は250人、「3」は20人も入ればいっぱいになる

 侵攻からまもなく2年という今年1月。私はテニスの全豪オープンで選手の肉声を集めたいと考え、真夏のメルボルンに乗り込んだ。  国家という大きな「主語」でくくるのではなく、個々の選手の心情をすくいあげられたら、と。  しかし、選手は心の内をさらけだしてくれない。  メインインタビュールームの限界も感じた。  一番大きな会見場に呼ばれるのは世界のメディアで注目度の高い優勝候補のスター選手たちが中心。記者たちも、その試合を記事で取り上げることに主眼を置く質問が多い。  戦争に絡んだ質問をするのは、はばかられる雰囲気も漂う。忖度(そんたく)ではないけれど、毎度毎度、侵攻について聞く勇気はなかった。  そこで、作戦を変えることにした。

拡大する写真・図版「インタビュールーム3」。約20脚の椅子が用意されていた

 会見場はほかにもいくつかある。「インタビュールーム3」は、注目度がさほど高くない選手が呼ばれる。20人も入れば満杯のサイズで、プロツアーの広報担当が仕切るメインと2番目に大きい会見場と違い、進行役は地元オーストラリアのスタッフ。干渉は少なく、選手の答えに対して質問を重ねる「更問い」もしやすい。  大会3日目以降、私はここを主な「取材拠点」として、戦争について聞くことにした。  メインインタビュールームでは答えることを完全拒否する選手もいるなど、その後も収穫は少なかった。  一方、インタビュールーム3は別世界だった。  憤り、迷い、葛藤、困惑……。選手たちの本音が、こぼれてきた。(編集委員稲垣康介

拡大する写真・図版「インタビュールーム3 全豪テニスが映した戦争」でとりあげる主なテニス選手と出身国

     ◇  国際オリンピック委員会IOC)はロシアと同盟国ベラルーシの選手を「中立選手」として今夏のパリ・オリンピック(五輪)に出す方針を決めたが、スポーツ界では両国の参加について賛否が割れている。  ウクライナ侵攻開始直後、多くの国際競技団体が両国の選手を締め出す中、プロテニスツアーは国名、国旗の使用を禁じる条件で両国の選手に門戸を開いてきた。  テニスは個人競技であり、毎試合後、リクエストがあれば報道対応することが義務づけられ、試合以外の質問も聞ける。テニス選手の発言は他競技の選手と比べ、可視化されているといえる。

<引用元>http://www.asahi.com/articles/ASS3C3VGYS35UTQP00V.html?iref=pc_spo_tennis_list_n